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速報! スーパームーン


月が地球へ最も近づく「スーパームーン」。本日(2012年5月5日)がこのス―パームーンにあたるとNASAが発表しました。
昨年(2011年)3月19日にも観測されており、2年連続は珍しいそうです。

とうことで自身も見てみました^^
普段頻繁に月を見ているわけではないので格段大きくなったかは分かりませんが、最も観測しやすいタイミングであることは確かなので写真をとってみました!

P5053297s.jpg
▲2011年5月5日 22時16分撮影 使用機材:OLYMPUS SP-610UZ

最近のコンパクトデジカメの性能は驚くべきもので、天体望遠鏡等を使用せずにこのような写真が簡単に撮影できます。
※因みに、光学22倍ズームで撮影し、トリミング編集を行っています。
P5053298sssss.jpg 

トリミング前の、画面に対する月の大きさは左の写真くらいです。
最高画素1400万画素で撮影したので、トリミングしてもさほどに画質は落ちません。






折角なので地図を描いてみました^^
moons.png



NASAの発表によると、スーパームーンは、月が地球から最も遠い時と比べて、大きさが14%大きく明るさが30%明るいということで、どのくらい違うものなのか今回撮影した写真をもとにイメージを作ってみました!
P5053297ssssss

やはり注意して見ていないと肉眼では分かりにくい違いです^^;

P5053302ss.jpg
▲自身の簡易天体望遠鏡w 
後ろにアマチュア無線のモービルホイップ見えてます^^
アースがだらんとしてますが…
P5053301ss.jpg
▲自宅ベランダ床より月を見上げる
明りが拡散してるので写真だと大きく見えますが、
肉眼だと大きいのか小さいのかよく分かりませんでした^^;

本当は「月の出」のときに建物と比較できる写真が撮ることができれば大きさが分かりやすいそうなのですが、今回はそういった写真は撮影できませんでした^^; 次回の2016年11月のスーパームーンで挑戦してみます!(覚えてたら...w)


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徹底探究。「電波」とはなにか

※この分野に詳しい方へ
「電波」の探究ですが、
空間がどのような挙動をしているのかを言語的に表現する方法において、学問的に合意された表現が確立されていない現状で、その基底となる「電場」や「磁場」の概念の言語的・可視的な探究をし原理的側面から説明をすると複雑性を増すと判断し、このたびにおいては「磁場」・「電場」の原理については敢えて記述しませんでした。



日常生活において大変身近なものである「電波」。しかし、その「電波」がいかなるものであるかは意外と知られていません。


名前からもわかる通り、電波は「波」として定義されています。
ところが、私たちが良く知っている波、例えば「音波」や「水面波」の様な波の場合、何が振幅しているのか、振動しているのかは簡単に答えることができても、「電波」は一体なにが振幅、振動しているのかについて正確に答えられる人はなかなかいません。

このブログでアンケートをとってみました。
集計期間:2011年3月~8月
ご協力いただきまして誠にありがとうございます。

無題 



















学問一般においては、この選択肢の中では「空間」を最も妥当な回答としている場合が多いですが、それに異論を唱える専門家も少なくないと思います。

選択された方がいなかったので円グラフにには示しませんでしたが、私は選択肢に「わからない」という回答を設定しました。科学理論が「大多数の科学者の合意」によって形成されるものだとしたら、まだ「わからない」という表現が最も適切なのかもしれません。

実際の答えがいかにせよ、これほど回答が分かれるというのはやはり「電波」が何なのか認知されていない、ということになります。自身もつい最近までまで素粒子だと思っていました…




では、学校ではどのように習うのか。本当は小中学校の教科書の中から探したかったのですが、高校の教科書しか手元になかったので、こちらを見てみます。

自身の持っている高校の教科書には、電波の原理について直接的に記述している箇所はありませんでした。


「電波」は、下の図のように「電磁波」の中の一つの領域に分類されています。なのでここでは電磁波に関する記述を見てみます。

電波




1.教科書の記述




某出版社 文部科学省検定教科書 物理Ⅰ
マクスウェルは、変動する磁界は変動する電界をつくり、変動する電界は変動する磁界をつくることによって、電界と磁界が波(電磁波)となって空間を伝わることを理論的に予言した(1864年)。(中略)ヘルツは、火花放電の実験で電磁波が発生することを見出した(1888年)。

と、このように物理Ⅰの教科書に「空間を伝わる」と書いてあります。

棒線部分を波の説明として、形式を拾い出すと「Aが波となってBを伝わる」という説明がなされていることが分かります。

abron.png


ここで「波」の定義を考えてみましょう。同じ物理Ⅰの教科書では波は次のように説明されています

・水面波が伝わるとき、水面はただ振動するだけで、水そのものが波とともに進んでいくのではない
・水やばねのように波を伝える物質を波の媒質といい…(略)

逆に言うと、波の原理に関する直接的な説明個所はこれだけしかありません。

この説明を基に、電磁波の「媒質」を考えてみます。

ron.png
第1の考え方。
教科書の説明を以下のような3点から読み取ります。

①波には媒質が存在している

②「伝わる」、「伝える」という共通表現からB(空間)が媒質であると考えるのが論理的に妥当である。

③媒質は「物質」でなければならない。


という3点ですが、左図に示した通りこの考え方では、教科書に記述されている内容だけでは電磁波の「波」としての媒質が何であるか導出することはできません。






ron2.png
第2の考え方。
教科書の説明を以下のような3点からを読みとります。

①波には媒質が存在している。

②「空間を伝わる」という表現は、電磁波が水面波や音波と同じく3次元空間を進行する波であるという、性質の一面を示している。

③媒質は物質でなければならない。

という3点ですが、左図に示した通りこの考え方では、教科書に記述されている内容だけでは電磁波の「波」としての媒質が何であるか導出することはできません。









 教科書に記述されている内容総体において最も問題なのは、波の定義において、「媒質」という物質的存在が無い場合を想定していないにも関わらず、「波」の一つである「電磁波」の説明記述において物質的存在が一つも登場していない、ということです。

これではいくら教科書に記述されている内容を論理的に整理しても、予測を交えることなく電磁波の媒質を導出することができないのは当然です。



高校の物理Ⅱの教科書には、電磁波について以下のように記されています。

某出版社 文部科学省検定教科書 物理Ⅱ 
マクスウェルは、電気・磁気に関する法則を理論的に研究した結果、(中略)電界が変動すると磁界ができるのではないかと考え、磁界と電界が互いに変動しながら波となって伝わる電磁波が存在することを予言した(1864年)。(中略)ヘルツは火花放電の実験で、電磁波が発生することを発見した(1888年)。

因みに物理Ⅱの教科書には「波」の定義について直接的に記述されている箇所は1つもありません。

ここでもやはり物質的存在は登場していません。さらに、「物質ではない2つの事象が互いに変動した『もの』が波となる」とだけ記されていますが、既習の波の定義では、波と定義することの妥当性すら見えない意味不明な現象です。



先に答えを言ってしまうと、「波」と定義されている事象には「物質」としての媒質が存在しないものもあります。
複数の文献を調査した上での自身の見解ですが、おそらくは、水面波や地震動、音波といった力学的事象によって構築された「波」の概念を、電磁気的分野の解釈にあとから適用させようとしたときに合理的に排除されたのだと思います。

text2.png理由は如何にせよ、現状において構築されている定義に対し、高校の教科書が説明をしている箇所は左図のように限られています。

実際、物理学において用いられている「媒質」という名詞の意味は非常に曖昧で、波動現象における「変化している物理量」を性質とする母体であれば物質的存在でなくても合理的に「媒質」と呼ぶ研究者もいれば、「空間」と「媒質」を使い分ける研究者もいて、媒質存在の有無を高等学校教育で定めてしまうと、話は教育機関だけに収まらなくなってしまいます。

ですから、先ほど提示した教科書を見るとわかりますが、情報量を削ることで現代物理学の認識においての誤った説明になることを避けているのではないのか、というのが自身の見解です。

情報量を削って誤りを防ぐ方向性そのものはやむをえないとしても、だとすれば電磁波の説明においての「電場と磁場が互いに変動して波となる」という部分に関してはもうひと工夫ほしい気もします。

因みに、文部科学省認定教科書の方針を定めている「高等学校学習指導要領」には波について以下の様に記されています。

 地震波,水波,光,音などいろいろな波について共通の性質を観察,実験などを通して探究し,波動現象についての基本的な概念や法則を理解させるとともに,それらを日常生活と関連付けて考察できるようにする。
ア いろいろな波
イ 音と光
(ア) 音の伝わり方
(イ) 音の干渉と共鳴
(ウ) 光の伝わり方
(エ) 光の回折と干渉
ウ 波に関する探究活動

学習指導要領で定められている抽象的部分に関しては、むしろこれを完全に遂行できれば電磁波の原理についての説明も学生の理解により近づけると思います。電磁気的な波の原理に対するアプローチの必要性は感じますが、その仔細は「学習指導要領」に盛り込むべき内容ではないので、やはり教科書の編纂次第という感じがします。



さて、

高等学校の教科書には、電波は何が振動している波なのか、記されていませんでした。
つまり、専門分野に進んだ人でなければ、電波は何が振動している波なのかを
教育機関で習う可能性は極めて低いということになります。

その背景にあるのは、電磁波の「伝送媒体」がいかなる存在性であるのか、複数ある考え方に対して、科学者における「大多数の合意」にはまだ至っていないという実態です。




2.学問的見解の実態


高校の教科書には波の「媒質」は物質であることが示されていました。
では、科学、物理学の専門書で「波を伝える媒体」はどのように扱われているのでしょうか。

複数の辞典で、波(波動を)調べてみました

①某物理学用語辞典
「物理量の時間的変化が空間(媒質)を伝播する現象」
→「媒質」の語義に「空間」を含ませていない。

②某物理大辞典
「物理量の変動が媒質の1点から別の点へ、媒質に永続的な変化をもたらすことなく伝播する現象」
→「媒質」の語義に「空間」を含ませている。

③某理化学辞典
「空間的にも時間的にも変動するようなの運動」
→「媒質」の語義に「空間」を含ませている。

④某科学大辞典
「ある物理量が時間的に変化しながら、空間(媒質)を伝わる現象」
→「媒質」の語義に「空間」を含ませていない。

ということで、専門的な辞典でも表現はわかれています。



3.日本における学問的経緯
     

波の「媒質」は学問的に英語にすると"medium"※です。「媒質」は「媒介する物質」ですが、mediumは「媒介する要素(=伝送媒体)」という意味でしかありません。 「なんで日本語の物理学用語としてmediumの概念を導入した時に『媒体』と翻訳しなかったんだ!」なんて言いたくなりますが、力学的な波だけを考えた場合「媒質」と言ったほうが意味の理解はしやすいのも事実です。

ここでもう一度、高校の教科書を見てみます。

マクスウェルは、変動する磁界は変動する電界をつくり、変動する電界は変動する磁界をつくることによって、電界と磁界が波(電磁波)となって空間を伝わることを理論的に予言した(1864年)。(中略)ヘルツは、火花放電の実験で電磁波が発生することを見出した(1888年)

日本において、最も多くの外国の科学用語が導入され片っ端から翻訳されたのは、1868年の明治維新直後から1890年代の明治後期。このことから考えてもmediumという言葉が翻訳された段階においては「電磁気的な波」の概念まで伝わってきていたか微妙なところです。

もっとも、「波」のような基本現象に関する用語は既に江戸時代にはオランダなどから伝わっている可能性もありますが、この場合においては尚更のこと「物質としての媒体が存在していることを確認できない波」など想定できていた可能性は極めて低いと思います。

得られた情報からの「仮説」でしかありませんが、これを整理すると下の図のようになります。
※訂正:変異→変移
TRD.png
①から②への翻訳作業をした時は「伝送物質(=媒質)」でも問題はなかったが、西欧で③のような状況が判明すると、④において「伝送物質」が「物質」と「空間」に分けられるというよくわからない定義に至ってしまった、というのが自身の仮説です。

先ほどの専門的な辞典の表記が、「伝送媒体」の語義を「空間」という名詞で表現していたり、「場」という名詞で表現していたり、辞典のみならず書籍に至るまで表現がバラバラなのはこうした経緯がありそうです。

実際、日本の電磁気の研究者、波動研究の専門家の方々の記された文献や話をうかがっていると、人によって「媒質」の語義に対する認識は共通していないように思われます。

仮にこうした定義の現状において、学問研究、探究に支障をきたしていなかったとしても、教育に支障をきたしているのは上に記した通り事実であり、また「物理学」は「論理」を扱う学問である以上、波動現象における語の定義は改善方向に向かっていくことが望ましく感じます。



4.電波は本当に「波」なのか


高校の教科書に記されていた「波を伝える物質を波の媒質と言い」という部分に関して、情報が不足していたことが分かりました。

では、物質でないものが波の「伝送媒体」になるというのはどういう状態なのでしょうか。
このあたりもやはり、様々な考え方があります。

「空間の形状が歪んで波になっている」
「空間が保持する性質の値が、その母体である空間中を伝播するだけ(物体中で重心が移動するのと似たイメージ)」

さらにやっかいなことに、電磁波の一つの領域である「光波」に関しては「粒子的特性」があるとされ、「光子(フォトン)」という素粒子の概念が構築されています。もっとも、この考え方を合理的に用いている量子力学では「物体」も「波動現象」として扱うことがあるため粒子的特性を保持していても「波ではない」とは言えません。

結論、物質的な「伝送媒体」をもたない波が、空間的にどのようにふるまっているのかを可視的・言語的に表現できるほどに科学者の合意は未だ形成されていないという表現が最も適切でしょう。
もしかすると、可視的に、言語的に認知可能な領域を越境している「事実」として存在している、のかも知れません。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ただし、私は次のようなことが言えると思います。 

電磁気的な波の存在は、高等学校でもならう「光の回折」によって光に「波的な性質がある」という「観測」から主に明確になりました。ただし「電磁気的な波」には、それまでの「波」の概念ではあり得ない「物質的な伝送媒体を保持していない」という大きな違いがあります。つまり、「電磁気における波に似通った現象」を「波」と分類するために本来の「波」の定義を拡張してしまったのです。本当に「電磁気的な波」を力学的に観測された「波」と同一現象であると定義して良いのでしょうか?
 先ほど記した「日本における学問的経緯」はむしろ必然であり、欧米は英語における名詞定義の曖昧さによってたまたまそういう混乱をきたさなかった、ということです。日本語においては、この「電磁気的な波は『波』と言えるのか」という論理的懐疑が発生しやすいと言えるでしょう。


 科学は、論理学や哲学とは異なり、「認知できる領域」を事実とします。つまりは、自身の構築する論理をどれだけ「認知できる領域」に漸近させることができるかを挑むのが科学です。ですので漸近を目的とする「事実」次第でそれまで用いてきた定義や理論を使いやすいように改変したところで、それが結果として「事実」により近似できるのであれば論理的矛盾は生じていないと考えます。

「波」という、現象の特性を示す概念は、言語における概念でしかありません。一見、「事実」に漸近するためであれば、合理的にその定義領域を広げても問題なさそうに見えます。
しかし、言語によって構築されている「波」の定義には、哲学の探求対象であって科学の探求対象とはらなない「認知可能な領域に含まれない認知できない領域」が含まれています。


※認知できるできないというのは、探究する思考存在において、事実であるか否か恒久的に知りえるか知りえないかということです。PHI.png

量子力学において「実在」を記述しようというこのご時世、また、科学が言語概念から派生している数学をよりどころとしている以上、仮定段階においても哲学の探求対象が成立しえないほどの無視をしてしまうことはあまり望ましい状態ではありません。
また現在の科学において究極的に導き出そうとたてられているフラグの多くは哲学(言語)によって導出されている概念です。

哲学的観点からすると、「物質としての伝送媒体を持たない波動に似た現象」を「力学的な波動現象」と同一の現象として扱ってよいのか、ということ関しては「言語による領域設定」の問題であるため答えを求めることはできません。ただ、物質存在の有無によってその妥当性を懐疑的に検討することは可能です。

仮定の上に仮定を構築してきた「科学」においても、既に構築されている基底概念に対し、懐疑的に考察する必要性がそろそろ出てきているような気もいたします。





日付変更線

「日本から飛行機でアメリカに行く時、えrth


太平洋上で日付変更線を超えると前日になります。

ではそのままアメリカを飛び越えて地球を一周し、もう一度日付変更線を超えたとき、

一昨日に戻っていないのは何故でしょう。」


簡単に分かりそうで意外と考えてみないと分からないこの問題。

私自身は、こともあろうか答えをもっていな大人に尋ねられて中学生の時に初めて考えたのですが、
結論にたどり着いたとき、多くの場合「日付変更線」という名前の意味が誤解されていることに気づきました。





瞬発的に答えられる回答で、よくある誤答が「イギリスのグリニッジ天文台で再び今日に戻るから」という回答。
そんなことはないのですが、この誤答の「戻った日付がどこかで修正されるはずだ」という考えの根底は明確です。

では、「どこ」で修正されるのでしょう?

私たちが日常生活を送っていて、日付が変わるタイミングがあります。深夜0時です。このとき、当然私たちは日付変更線をまたいでいません。
つまり、自ら動いている「日付を変更する線」がいる、ということです。「0時線」とでもいうべきでしょうか。

地球を一周するとこの「0時線」に必ずぶつかります。

よって、
答え:「戻った日付が0時線で修正されるから」

これだとイメージがつきにくいので、図示してみますw





円は地球を真上から見た状態です。
この図では、「0時線」の運動を示しました。
赤い線が「日付変更線」。時計回りに回転している線が「0時線」です。

henkousen.png


折角なんで、動画作りました。


動画を見ると、「日付変更線」は「0時線が変更する日付」を変更する線、であることが分かります。
加えて、いかなる時であろうと、地球上には「2日」分の日付しか存在しない、ということも分かると思います。
ですから、飛行機で地球を何周しようが昨日より前の日付になることはないのです。

何といっても面白いのは、「8月14日」は地球上に48時間存在しているということです。
動画を見ると、0時線が2回日付変更線を越えるまで水色の「14日」は存在し続けていますw

円周率π=3.141592653589793238462643383279・・・・

題名に記した30ケタの円周率、私が覚えている限りのπ(パイ)です。何も見ずに打ちましたw
100ケタとか覚えている小学生も結構いるので何の自慢にもなりませんが…。


大学の生協でこんな本(出版物)を見つけましたw
110717_121537.png
 暗黒通信団発行
 「円周率百万桁表」
 314円
 ISBN 978-4-87310-002-9
 

 値段、314円ですw 3141円だと高いかもしれませんw 

 円周率がただ書いてあるだけです。乱数表として使うこともできます…。
 数学的な資料としてこうした出版物があることはあまり不思議ではないと私は感じたのですが、この本の最終ページに次のようなQ&Aが書かれてありました。

 Q.何を血迷ってこんな本を作ったんですか?
 A.そんなふうに思う人はこの本を買わないと思います。

 なんとなく笑いを狙って書いているQ&Aのような気も…


110717_122207.png

  ▲本の中で「事実の羅列なので著作権は放棄します」という記述があったので、中身を簡単に紹介します。こんな感じです。

110717_122228.png

2007年以降、「第4刷発行」ではなく「第3.1刷発行」…
















さて、円周率の暗記はよく見かけますが
e = 2.7182818284590452353602874713526624977572470936999595749669
√2=1.4142135623730950488016887242096980785696718753769807317667

などなど、他にも覚える対象となりうる無理数はいくつかあります。
実用性という観点からみれば、覚えること自体にはあまり意味はないというのが数学に携わる人々の一致した見解です。



では「無理数」という数がどういう数なのか。
「分数で表わせない数」という認識が一般的です。学校でもそのように習うと思います。

ただ、「分数で表わせない数」という説明は、「分数」というものがどういうものなのか理解できていないと「無理数」を体系的に理解できないのではないのか、なんて思ったんで無理数を国語的に解釈してみたいと思います。




「数」という概念、または「数える」という行為は「物体は固有の存在として識別して扱うことができる」という大前提の上に成り立っています。これは数学あるいは物理学という「考え方」の絶対的な「仮定」です。このあたりの詳しい議論はまた別の機会に…

各物体(厳密には事象)を1個体として識別すると、個数という概念が生まれます。さらに、その物体のある一つの性質に着目し、その程度を個数的(数量的)に解釈することができます(重さや長さなど)。

しかし、物体の個数を数えることと、一つの性質の量を個数的に解釈することとには大きな違いがあります。
それは、端数の存在です。

例えばリンゴ2つと半分に切ったリンゴの片方だけが目の前に転がっていたとします。

個数の概念で考えれば、「リンゴ」は2個しかありません。「半分に切ったリンゴの断片」は「リンゴ」ではないからです。一方「物体」の数は3つです。

このときの重さを考えると、「リンゴ」の重さは「2」です。しかし、「物体」の重さは「3」ではありません。
物体の重さは2より大きく3より小さい値です。

この値を説明するためにはリンゴ一個の重さを10と仮定すれは「25」という明確な答えが得られます。

無題
これが「単位の変換」です。
昔の数学者の多くはこの「単位の変換」さえすれば、数字で表記できない値は存在しないと確信していました。

ところが、この「単位の変換」ができない「量」が存在していました。
「どんな数値をかけたり割ったりしても、表現できない値」です。

例えば
「リンゴ1個と、リンゴを3分割したうちの2つの断片が転がっていたとします。」と私が仮定します。
「1個の重さを3とすれば5という答えが得られます」と仮定をそのまま分割した個数で言い換えれば、それが答えとなります。

「単位変換できない値」はこのような「個数的な概念を量的概念に導入する」ということができません。

「単位変換できない値」とはどのような値でしょうか
(ここでは、言語的分かりやすさを優先して、背理法や、ユークリッド互除法による幾何学的な証明などは行いません)

 直径1の円にひもを巻いて円周の長さを正確に測ります。測ると3より大きく4より小さい値であることが分かります。
 
 リンゴの重さをはかったとときのように単位変換をします。つまり、直径を10とします。

 今度は31より大きく32より小さい値だと分かりました。では、また単位変換します。直径を100とします。
 今度は314より大きく315より小さい値だと分かりました。では、また単位変換します。直径を1000とします。
 今度は3141より大きく3142より小さい値だと分かりました。では、また単位変換します。直径を10000とします。
 今度は31415より大きく31416より小さい値だと分かりました。では、また単位変換・・・・

 この単位変換が永遠に続いても、それは単位に設定している値が悪いだけかもしれません。

 例えば、ひとつ前のリンゴの例。「リンゴ1個と、リンゴを3分割したうちの2つの断片が転がっていた」という状況を同じように1個の重さを10、100、1000と単位変換していくと166666666666666666666…となって、永遠に単位変換しても正確な値は出てきません。ところが、1個のリンゴを3とすることで5という値に落ち着きます。
 
しかし円の直径の場合、直径の長さを何をどう数値でおこうが、円周の長さの値は無限に数字の羅列が続きます。

これが、円周率πです。3.1415926535…という値は、単に、直径を1とおいたときの値にすぎません。
 
このように、単位の変換が完遂できない値は正確な値を完全に認知しきれない数となります。これを「無理数」というのです。





「『数』という認識」につづく

放射線とは

福島原発の事故以来、取りざたされている「放射線」。わかりやすく説明してみよう、と今回の記事をつくってみました。

ひとえに放射線と言っても種類は様々で、まったく異なる物質のある一つの性質の共通性に着目し、ひとくくりにしているのが「放射線」という分類です。放射線の「まったく異なる物質」とは下の4種類を指します。
無題
ではその「共通した性質」とはどんなものかと言うと、「電離性」を指します。「電離性」とは原子構造(陽子、中性子でできている「原子核」の周りを電子が飛んでいる状態)のなかの電子をはじき飛ばしてしまう性質です。
細かい定義付けはされていませんが、人体を構成する原子の一つでも、放射線によって電離がおきた状態は「被曝した」と言えるでしょう。辞書的な「被曝」の意味は「放射線にさらされた」という意味ですから、厳密には電離がおきるという意味までは規定されていませんが、一般的に言う「さらされた」状態だと確実に電離作用がはたらいています。

放射線は空気のように天然にも多く存在しています。ですから「被曝」というのは、人体には日常茶飯事、誰にでも起きている現象です。こうした被曝は「自然被曝」と言う名前が付いています。

因みに、「放射能」などは放射線とは意味が異なります。
・放射能・・・放射線を出す能力。
・放射性物質・・・放射線を出す物質

まだまだ書きたいことはあるのですが、全部記したらレポートが一冊かけてしまいそうなので、今回は科学的基礎部分のみ触れましたw

基本情報
philoweb2.jpg
Philosence-フィロセンス-
事理の究極を徹底探究

「全知」となることは、知覚・認識可能な対象においてすら、思索の媒体である「言語」自身が不完全であることから完遂しえないと言えるだろう。
学問で漸近を目指すべき「真理」は、まず、言語自身で構築される知識構造そのものが不完全であることに自覚的、反省的である必要があるのかもしれない。
どのような事象に対しても童心のように懐疑を抱き、理解はしても結論は決定づけない。そんな、窮理学をやってみたい。
もっと俯瞰的な学問形態を目指して、さあ、Philosence。


開設:2011年2月
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Rintaro Matsunobu 
りんたろう
Yokohama   Japan23歳
物理学専攻の大学出身
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